林家木久扇『笑点』55年の歴代最長出演に幕 最後は明るい笑顔で「また来週!」

落語家の林家木久扇(86)が、日本テレビ系演芸番組『笑点』(毎週日曜 後5:30)をきょう31日の放送をもって卒業した。半世紀を超える55年の歴代最長出演を果たした。

 木久扇は、番組冒頭のあいさつからいつもと変わらない「お知らせ」で会場を沸かせた。大喜利の1問目は、“おバカキャラの与太郎”木久扇に掛けた「おバカな人もっとおバカな人」というお題に対して、木久扇は「バカなのは答えができていないのに手を挙げる人、もっとおバカななのはそれを知らないで当てちゃう司会者」と回答し、司会の春風亭昇太への愛あるいじりで笑わせた。
 2問目「木久扇さんがさまざまな番組に出演したら」のお題では、「私、木久扇がすべてのサッカー番組に出演することになりました」「なぜかというと私はキック王(木久扇)」と回答し、お得意のギャグで会場の笑いと座布団を1枚を獲得した。

 最後のお題は「木久扇さんにありがとう」。同番組史上初のサプライズ演出が展開された。この日、木久扇には内緒で観客に配られていた黄色いタオルが昇太の「ありがとう!」の掛け声で一斉に上がり、会場を木久扇カラーに染めた。
 各メンバーからの木久扇師匠との思い出に掛けた名回答・珍回答に会場は大爆笑。また、林家たい平の粋な計らいで木久扇に御礼の座布団が渡され、各メンバーも続々と座布団を積み上げて木久扇が見えなくなるハプニングに。木久扇も「おれが(テレビに)映らないじゃないか!」と思わずツッコんだ。

 さらに、木久扇からはお得意の「いやんばか~ん」の歌も飛び出した。最後に、昇太から「今のお気持ちはいかがですか?」と聞かれた木久扇は「また来週!」とひと言。木久扇らしく、明るい笑顔で手を振り55年の出演を締めくくった。

 なお、次週4月7日の放送では、新メンバーを発表する。

画像引用元:日本テレビ

記事引用元:ORICON NEWS

ネットの反応

Aさん
Aさん

お元気なうちに明るく卒業してくださって、とてもよかったです。

木久扇さんは変にひねったり、小難しいことを言わず、「思ったことをそのまんま」みたいなところが好きでした。
一度寄席で見た時、テレビよりはるかに面白くてビックリしました。「笑点の木久扇さん」という立場ゆえに発揮しきれなかった魅力もあるんじゃないかと思います。
 これからもお元気で活躍してください。

Bさん
Bさん

林家木久蔵を名乗っていた昭和の頃から見てました。
笑点はみなさん和気藹々と楽しく演じられているので、大人から子どもまで安心して楽しめる番組だと思います。視聴者層が広いのも人気の理由だと思います。
86歳といったら世間一般で言ったらとっくにご勇退されている年齢ですが、よく頑張って来られたと思います。
これからは悠々自適な生活を送ってほしいと思います。長い間お疲れさまでした。

Cさん
Cさん

笑点て限って見れば最後までご苦労さまでした。ただ笑点の登場によっては新作落語は盛んになったものの、古典落語を語る芸人が少なくなったのは残念だ。古今亭志ん朝以降は新作落語が盛んとなった。木久扇さんはぜひ古典落語を語って欲しかったひとりです。古典、つまり江戸時代の有職故実の勉強が求められ、長屋の住人の気質なども身に付ける必要があった。談志が古典派の志ん朝から袂を分かって笑点を起こしたのである。よって談志が新作落語の元祖である。笑点とともに新作落語が人気となったのである。

コメント引用元:yahooニュース

林家木久扇

林家 木久扇(はやしや きくおう、1937年〈昭和12年〉10月19日 – )は、日本の落語家、漫画家、画家、実業家。血液型はA型、出囃子は「宮さん宮さん」、定紋は林家彦六一門の定紋である「中陰光琳蔦」。前名の初代林家木久蔵としても知られる。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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