日銀による次回7月30~31日の金融政策決定会合の焦点の一つは、3月以来の追加利上げに踏み切るかどうかだ。植田和男総裁や内田真一副総裁は、追加利上げの環境が整いつつある点を示唆する一方、金融市場には懐疑的な見方も残る。
懐疑論の主たる理由は、6月会合で予告済みの国債買い入れの減額と同時に実施すると、過度な引き締めが生じるとの懸念だ。しかし、植田総裁が6月会合後の会見で説明したように、機動的に行う利上げと中期方針に沿って運営する国債買い入れは運営方法が異なるほか、後者の方針決定では市場関係者の意見を取り入れ、当初は慎重に進める考えを示唆している。
そこで、追加利上げがあるかどうかは、物価の基調が持続的かつ安定的に目標を達成する見込みに、日銀として自信が持てるかどうかに依存する。日銀は、次回の7月会合で物価や景気の見通しを「展望リポート」として改定予定で、追加利上げを合理的に判断する上で良いタイミングだ。
日銀は、物価の基調的な上昇という抽象的な概念を判断する上で、「第一の力」と「第二の力」という用語を用いている。前者は円安や国際商品価格の上昇が輸入物価を通じて国内物価を上昇させる作用を指し、後者は景気と賃金の好循環が国内物価を上昇させる作用を指している。
物価の動きを二つの作用に分解するアプローチは、植田総裁が博士論文で取り上げた為替レートの決定理論──証券投資等の資本取引と輸出入取引等の経常取引とでは調整スピードが異なるため、為替レートが長期均衡に対してオーバーシュートする可能性を示したもの──と発想が似ている点は興味深い。
その上で日銀は物価の基調の持続的で安定的な上昇は「第二の力」によって実現すると説明しているが、足元でこうした考え方に反する事実も表れている。
「第一の力」については、円安に歯止めがかからず、国際商品価格に反発の兆しがみられるなど、作用が持続しかねないリスクが生じた。逆に「第二の力」については、実質賃金の低下や社会保障負担の増加を懸念する家計マインドの弱さ、マクロの企業収益の増加の下での設備投資姿勢の広がりの欠如、さらには中小企業を中心とする賃上げの持続に関する不透明性などによって、作用が一時的に止まるリスクがある。
■円安、賃金は波乱要因
実際、今般公表された6月会合の「主な意見」でも、いずれの力に着目するかで政策委員の意見は分かれているようだ。結果として、次回会合では、双方の立場の委員がともに利上げの必要性を支持する多数派を形成し、追加利上げが実現する可能性は高い。しかし、その後の円安や賃金上昇の動向いかんでは、利上げのペースや時期を巡る多数派の結束が崩れるリスクも小さくない。その意味で、日銀による金融政策の「正常化」は引き続き不透明性の高い道のりが想定される。
(井上哲也・野村総合研究所)