大阪市生野区で個人タクシーが暴走し、歩行者などを次々とはね2人が死亡、5人がケガをした痛ましい事故の裁判。運転手だった被告の「認知症」の影響が争点となっている。遺族も参加する法廷内で「保険でお金が払われる」などと愚弄する被告と、涙ながらに「認知症の加害者ではなく被害者の人権を」と訴える遺族。裁判で明らかになった事故の全容とは―。(報告:丸井雄生)
■遺族が涙で陳述 裁判長が被告を制止「黙って聞く時間です」
7月17日、大阪地裁の法廷で、証言台に立ったスーツ姿の男性。事故で亡くなった原井恵子さん(当時67)の夫だ。用意した書面を読み始めると、ほどなく涙声に変わった。
「私と妻は19歳と18歳の時に共通の友人を通じて知り合い、6年間の交際の後、結婚しました。2人の子どもを授かり、43年間、家族で楽しく過ごしてきましたが、事故によって私たちのささやかな幸せが一瞬にして破壊されました。事故の当日、亡くなった妻を見て、30分前まで一緒にいたのに、できることなら私が変わってあげたい、自分も一緒に死にたいと思いました」
突然、車いすに座っていた白髪の男が身を乗り出した。
「自殺するよ」
詰め寄ったのは過失運転致死傷の罪に問われている斉藤敏夫被告(76)。
裁判長の「やめなさい、今は黙って意見陳述を聞く時間です」という声が法廷に響き渡る。
その後も、斉藤被告は同様の行為を繰り返したたため、見かねた裁判長は一時的に弁護人の後方に移動させて距離を空けるよう指示した。
続けて原井さんの夫は、涙ながらにこう訴えた。
「私は生きる希望を持てなくなりました。認知症を考慮して加害者を守るだけでなく、何も言えない被害者の人権も優先してほしいです。被告に厳罰をお願いいたします」
■個人タクシー暴走…左足でブレーキを踏む被告「教習所が間違っている」
事故が起きたのは2023年3月20日。
これまでの裁判によると、個人タクシー業を営んでいた斉藤被告は午前10時ごろにタクシーに乗って自宅を出発した。前日にも事故を起こしていたため、修理のために大阪府守口市にある自動車整備工場に立ち寄った後、保険手続きのために大阪市天王寺区にある個人タクシー組合本部に向かっていた。斉藤被告は不慣れなエリアだったため、道に迷っていたという。
午後1時ごろ、大阪市生野区の片側3車線の「今里筋」で、交差点に差し掛かった際、赤信号にもかかわらずブレーキペダルを十分に踏み込まず交差点に進入。歩行者や自転車に乗っていた4人を次々にはねた。…..